4、 新たなモデル動物P. pacificusを用いて表現型可塑性の謎に迫る
動物は多様な形態や行動をみせる。同じ種であっても生育環境や年齢、性別、経験などによって、形態が異なったり、違う行動を見せる場合もある。そのような形態や行動の多様性はどのような制御されており、形成されているのだろうか。また進化の過程においてどのように新しい形態や行動は獲得されてきたのだろうか。私たちは線形動物(線虫)をモデル生物に用い、遺伝学や分子生物学、ゲノム編集技術、バイオインフォマティクスなどの最先端の技術を駆使することにより、形態や行動の多様性を制御するメカニズムの解明を目指している。
線虫を食べる線虫Pristionchus pacificus!
線虫といえばアニサキスなどの動物に寄生する線虫や、ネコブセンチュウやシストセンチュウなど農作物に害を与える線虫など、世界中のありとあらゆるところに生存している。分子生物学のモデルとして広く使用されているのは、Caenorhabditis elegansであり、ゲノム配列の解読や全細胞系譜の解析がいち早く進められ、様々な生物現象のメカニズムの解明に大きく寄与してきた。(C. elegansを中心とした情報はwormbaseに集約されている。日本語によるC. elegansの紹介については、虫の集いや、飯野研(東京大学) 、九州大学大学院生の大西さんによる紹介記事などが参考になる。)
私たちはC. elegansとの比較解析が可能なことから、進化生物学のモデルとして確立されてきた実験動物であるPristionchus pacificusをモデルとして用いている。P. pacificusはDiplogastridae科に属する体長1 mmほどの線虫である。P. pacificusはC. elegansと同様に雌雄同体と雄が存在する。雌雄同体は自家受精により、子孫を残すことができるが、雄と交配することもできる。実験室では寒天培地上で、大腸菌を餌にすることで、簡便に飼育することが可能である。一方でP. pacificusの生態はC. elegansとは大きく異なり、昆虫便乗性線虫である。自然界では発生が休止した耐久型幼虫として昆虫の体表に存在し、昆虫が死ぬと発生が再開し、死骸の上の微生物やカビ類、幼虫期の他の線虫を捕食し成長する。(P. pacificusについては、”Pristionchus pacificus A Nematode Model for Comparative and Evolutionary Biology” という書籍が販売されている。ゲノム情報などはpristionchus.orgを参照。)
近年ではP. pacificusにおいてもゲノム配列の解読や遺伝子導入、CRISPR/Cas9法による変異体の作出など様々な遺伝学的ツールが開発されてきた(Nat. Genet. 40. 1193–1198. 2008; Genetics. 47. 300–304. 2009; Dev. Genes Evol. 225. 55–62. 2015)。本研究室においても、遺伝学的な細胞除去法の確立や、ゲノム編集技術の改良などを行っており、P. pacificusを用いた神経遺伝学的手法の確立を進めている (Okumura et al., 2017, G3; Nakayama et al., 2020, Development Genes and Evolution; Hiraga et al., 2021 Development Growth & Differentiation)。さらに世界中で野生型系統や近縁種が採集されており、集団、個体、細胞、分子レベルでの解析が可能である。
同じ遺伝子型であっても生育環境に依存して異なる口腔形態をとる!
興味深いことに、P. pacificusは集団密度や餌の有無などの生育環境に応じて口腔形態に表現型可塑性を示す。表現型可塑性とは同じ遺伝子型をもっていても、環境に依存して異なる表現型を取りうることであり、特に不連続的に分けられる表現型を示す場合を表現型多型と呼ぶ。P. pacificusは環境に応答し、幅広型または狭小型のどちらかの口腔形態をとる(図1)。幅広型は、大きな歯のような突起を2つもち、口の幅が広いのに対し、狭小型は突起は1つしか持たず、口の幅が狭い。先行研究により、スルファターゼであるeud-1がこの口腔形態のスイッチ遺伝子として機能していることが報告されているが(Cell. 155. 922-933, 2013)、表現型多型のメカニズムの全貌解明には至っていない。
私たちはこれまでに、口腔形態の決定に影響を与える新しい環境因子として、光を見出している。幼虫期に光を照射して飼育すると、幅広型が増加し、暗闇で飼育すると狭小型が増加することを明らかにしている。現在、線虫が光をどのように感知しているのか、また光がどのように口腔形態の決定に関与しているのか、その分子メカニズムの解明に取り組んでいる。
さらに詳細を知りたい方は、奥村()までご連絡ください。