広島大学千原研究室

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行動の多様性を制御する神経回路とは?

動物は様々な行動をみせる。特定の種にしか見られない行動や、同じ種であっても生育環境や年齢、性別、経験などによって異なる行動もみられる。そのような行動の多様性はどのような神経回路によって制御されており、形成されているのだろうか。また進化の過程においてどのように新しい行動は獲得されてきたのだろうか。私たちは線形動物(線虫)をモデル生物に用い、遺伝学や細胞生物学などの最先端の技術を駆使することにより行動の多様性を制御する神経回路基盤の解明とその形成過程の分子メカニズムの解明を目指している。

線虫を食べる線虫Pristionchus pacificus!

線虫といえばCaenorhabditis elegansが分子生物学のモデルとして広く使われているが、私たちは実験動物としてPristionchus pacificusを用いている。P. pacificus はDiplogastridae科に属する体長1 mmほどの線虫であり、C. elegansとの比較解析が可能なことから進化生物学のモデルとして確立されてきた。P. pacificus はC. elegansと同様に雌雄同体であり、実験室では寒天培地を用いて簡便に飼育可能である。一方でP. pacificusの生態はC. elegansとは大きく異なり、昆虫便乗性線虫である。自然界では発生が休止した耐久型幼虫として昆虫の体表に存在し、昆虫が死ぬと発生が再開し、死骸の上の微生物やカビ類、幼虫期の他の線虫を捕食し成長する。近年ではゲノム配列の解読や遺伝子導入、CRISPR/Cas9法による変異体の作出など様々な遺伝学的ツールが開発され、さらに世界中で野生型系統を収集することで、集団、個体、細胞、分子レベルでの解析が可能となってきた。

同じ遺伝子型であっても異なる摂食行動を示すのはなぜ?

興味深いことに、P. pacificusは集団密度などの生育環境に応じて口腔の形態に表現型可塑性をもち、その形態に伴って摂食行動の違いがみられる。表現型可塑性とは同じ遺伝子型をもっていても、複数の表現型を取りうることである。P. pacificusは環境に応答し、幅広型または狭小型のどちらかの口腔形態をとる(図1)。大きな歯を2つもつ幅広型は他の線虫に対する捕食行動に適しているのに対し、1つの歯しか持たない狭小型はバクテリア食性であり捕食行動はみられない。私たちは口腔形態の表現型可塑性に伴った摂食行動の違いがどのような神経回路の変化によって制御されているか、またそのような神経回路の変化が環境に応答してどのように形成されているか、遺伝学やゲノム編集技術などを駆使することによって解明することを目指している。
線虫図1

線虫の摂食行動はどのように進化してきたのか?

分子生物学のモデルとして広く使われているC. elegansは、全ての細胞系譜が明らかにされており、雌雄同体の個体では302個の神経細胞を持っていることが知られている。C. elegansはバクテリア食性であり、P. pacificusのような捕食行動はみられない。捕食性線虫のP. pacificusの全神経細胞数は明らかになっていないが、摂食行動の制御に重要な咽頭部分の神経細胞は20個ありC. elegansと同数である。線虫の小さな神経系において多様な行動がどのように制御されており進化してきたか、C. elegansやP. pacificusを中心として比較解析を行うことで明らかにしようと考えている。

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